安部三十郎プロフィール

1953年(昭和28年)9月21日(乙女座)生まれ。冬は近くの堂森山(前田慶次月見の山)で毎日のようにスキーをする。

  • 家族
    母、妻、長男、長女
  • 学歴
    上郷小、上郷中、 米沢興譲館高校、早稲田大学法学部卒業。
    43歳で福島大学大学院(地域政策専攻)入学。修士論文の題名は「地方都市における市街地空洞化の誘因に関する研究(米沢市を例に)」
  • 職歴
    世紀株式会社社員、三友堂病院看護専門学校講師(法学・社会学)、行政書士
  • 活動歴
    米沢日仏協会事務局長、置賜ほのぼの会代表、米沢伝統産業応援会副会長、火種塾々長、上郷小PTA会長、米沢市消防団班長、市制百周年記念事業実行委員(自主イベントで春日山から米沢まで300キロを歩く)
  • 選挙歴
    1995年(平成7年)   市長選立候補 落選
    1999年(平成11年) 市長選立候補 落選
    2003年(平成15年) 市長選立候補 当選 第33代米沢市長に就任
    2007年(平成19年) 市長選立候補 再選
    2011年(平成23年) 市長選立候補 再選

 
 
 

妻から見た三十郎の素顔
夫のこと

夫が一年後の市長選への出馬を理由に突然会社を辞めたのは、子どもが小学校に入学する前年の秋でした。その後二度落選し、三度目の挑戦で初当選した時、子どもは中学を卒業しようとしていました。
なので、まる9年間夫は「落選中」だったわけですが、その年月を、夫は専門学校講師や行政書士をしながら、市内のご家庭を一軒一軒伺うことに費やしていました。毎朝、出勤する私より先に「行ってきます」と出かけ、帰宅すると、出会った方からのお声掛け、頂いた励ましや教え、期待の声などを嬉しそうに話してくれました。家族にとっては長い時間でしたが、あの経験、あの時お会いした人々の姿が市長としての自分の根っこだと夫は言っています。
また夫は就任直後から、時々の考えを「月影日記」と題してホームページに掲載してきました(現在、休載中)。このタイトルには由来があります。
夫は公平な政治の観点から、特定の業者や個人との癒着を神経質なほど避けてきました。それを「潔癖過ぎる。『水清ければ魚住まず』だ」とする批判がありました。これに対し、『水清ければ月宿る』ということわざを引いて、自分は月影を映す清い水であろうと決め、日記のタイトルにしたのです。今も市民にとって何が大切かを一番に考えて仕事ができるのは、この潔癖さのお蔭だと感じています。
夫は権力を振りかざしません。自分と立場の異なる人にも公平です。また、お年寄りを見れば肩もみを、子どもには紙芝居や指人形をしたくなるようで、そんな時誰より嬉しそうな顔をしているのは夫自身です。
夫はたいてい「三十郎さん」と呼ばれます。「自分を『市長』と呼ぶ市民はほとんどいない」と笑いますが、自分が目指す市民中心の市政とはと問い続けた結果が、市民にとって身近な市長、市長に何でも言える自由な風潮のまちだったのではと思います。
家庭人としては、夢を追い続ける子どものような人ですが、政治家としては、裏がなく、正々堂々とした決断をし、いつも王道を歩きます。また、この歴史あるまちをよく理解し、まちの代表として全国どこに出て行っても、誰の前に立ってもひるまない、度量の大きさも持っています。
そして何より、市民を深く信頼しています。自分が正しいと思うことを誠心誠意行えば、市民は必ずわかってくれると信じています。
私は、夫もまた市民のみなさまからの信頼と、米沢というまちの風格に耐え得る人間であることを、心から保証いたします。

妻 安部眞理子